沿革・歴史

3つの世紀を駆け抜ける

日本通運は、1937年10月1日「日本通運株式会社法」に基づくいわゆる国策会社として発足しました。その母体は鉄道輸送の発着両端の輸送を行う小運送業者間を取りまとめる国際通運株式会社。これに同業種6社の資産ならびに政府その他の出資を得て創立されたものです。その後第二次大戦の時局の進展にともない、輸送の総合的運営の必要に迫られた政府の方針により、1942年全国主要都市の運送業者を合併し、現在の当社の原形が形づくられました。さらに戦後、1950年における「通運事業法」の施行とともに商法上の一般商事会社として再出発。以来、日本経済の復興発展と軌を一にして事業の拡大・発展につとめ、今日に至っています。

沿革

  • 1872年
    (明治5年)
    陸運元会社を設立
  • 1875年
    (明治8年)
    内国通運会社に改称
  • 1928年
    (昭和3年)
    国際通運株式会社として発足
  • 1937年
    (昭和12年)
    日本通運株式会社を創設
  • 1941~45年
    (昭和16
    ~20年)
    日通統合を推進、現業に進出
  • 1950年
    (昭和25年)
    日通株を上場、純然たる民間会社として再出発

歴史

  • 1872
    (明治5年)
    陸運元会社を設立
    江戸定飛脚問屋・和泉屋の支配人の佐々木荘助が中心となり、運輸会社として陸運元会社設立。他の飛脚問屋もこれに合流し、今日に至る企業体として創業。
    佐々木荘助
  • 1875
    (明治8年)
    内国通運会社に改称
    陸運元会社は政府の保護を受け、飛脚時代の輸送網を再編。社名を内国通運会社と改める。
  • 1928
    (昭和3年)
    国際通運株式会社として発足
    内国通運が国際運送と明治運送、国際通運(旧合同運送)を吸収合併し、社名を国際通運株式会社として発足。
  • 1937
    (昭和12年)
    日本通運株式会社を創設
    10月1日に「日本通運株式会社法」に基づく半官半民の国策会社として、民間企業・国際通運の業務を引き継ぐ形で発足。2017年に創立80周年を迎え、今日に至る。
  • 1950
    (昭和25年)
    日通株を上場、純然たる民間会社として再出発
    通運事業法が施行され、国策会社から一民間企業としてのスタートを切る。
  • 1951
    (昭和26年)
    日通式コンテナ試験輸送を実施。美術品輸送業務の開始
    日通式コンテナは小型の折り畳み式であり、さまざまな現場で使用された。サンフランシスコのデ・ヤング美術館で開催された日本古美術展の輸送から本格的な美術品輸送がスタートした。
  • 1958
    (昭和33年)
    ニューヨーク 初代駐在員を派遣
    アメリカのREA社と提携の2年後、同社のデスクを借りてスタート。航空・海運貨物、海外引越、旅行などのアメリカ側代理店の品質チェックを行っていた。
    ニューヨーク 初代駐在員を派遣
  • 1962
    (昭和37年)
    米国日通を設立
    当社初の海外現地法人。NY初代駐在員が副社長として現地で奮闘する。
    米国日通を設立
  • 1964
    (昭和39年)
    東京オリンピックを運ぶ
    オリンピック大会公認運送人として指定。競技用具、手荷物、開会式で放す鳩の輸送のほか、マラソンや自転車の練習コースづくりやケガをした競技用馬輸送のためのコンテナ作製などあらゆる要請に応えた。
    東京オリンピックを運ぶ
  • 1970
    (昭和45年)
    日本万国博(大阪)を運ぶ
    指定運送・通関業者として各国から集められた展示品、販売品を輸送、搬入、据え付け、撤収までを請け負う。現在もシンボルとして残る「太陽の塔」の顔部分の輸送も担当。
    日本万国博(大阪)を運ぶ
  • 1974
    (昭和49年)
    当時、アメリカに渡った以外は門外不出であった名画を上野・東京国立博物館へ輸送。
    「モナ・リザ」を運ぶ
    写真:AP/アフロ
  • 1991
    (平成3年)
    東京都庁の移転作業を実施
    荷物量は2トン車にして延べ3,500台分、6,500人の人員が投入されて移転を実施。マスコミでも話題となった。
    東京都庁の移転作業を実施
  • 1995
    (平成7年)
    阪神淡路大震災で指定公共機関として救援物資などを輸送
    トラック延べ3,200台、貨物船延べ225隻を投入し、救援物資を輸送した。物流は水道やガスと同様にライフラインであることが改めて認識される。
    阪神淡路大震災で指定公共機関として救援物資などを輸送
  • 1998
    (平成10年)
    「物流博物館」を開館
    当社本社ビル内にあった「物流史料館(旧・通運史料室)」をベースに、東京都港区に新たに博物館として誕生。物流全般について紹介し、同時に企業資料を保存・公開している。
    「物流博物館」を開館
  • 1998
    (平成10年)
    国立天文台「すばる望遠鏡」を輸送
    すばる計画に関わるほとんど全ての貨物の輸送を担当した。世界最大級の主鏡はドイツから輸入した特殊トレーラーを用いて標高4,200mのハワイ島マウナケア山頂まで運び上げた。
    国立天文台「すばる望遠鏡」を輸送
  • 2003
    (平成15年)
    本社を汐留地区に建設
    新本社ビルヘ移転
    当社の事業の原点ともいえる鉄道発祥の地、汐留地区で、グローバル企業としての新たな顔となるべく、「知的創造性を生み出す空間づくり」「人と環境にやさしい建物」「周辺地域への貢献」をテーマに竣工した。
    国立天文台「すばる望遠鏡」を輸送
  • 2005
    (平成17年)
    愛知万博「愛・地球博」を運ぶ
    場内指定事業者として愛知万博の開催準備を物流面からサポート。話題となった“マンモス”は、当社の総合物流機能を駆使し、シベリアからの冷凍輸送を無事成功させた。
    愛知万博「愛・地球博」を運ぶ
  • 2008
    (平成20年)
    海外進出50周年。
    物流環境大賞と物流環境啓蒙賞をダブル受賞
    自動車部品の輸送をトラックから鉄道コンテナへモーダルシフト。CO2削減のみならず、リードタイムの短縮も実現したことが評価され、物流環境大賞を受賞。同時に産業廃棄物処理における教育体制が評価され、物流環境啓蒙賞を受賞。
  • 2011
    (平成23年)
    24時間体制で陸・海・空の輸送モードを駆使した支援物資輸送を行った。トラックの台数にして延べ6,810台の輸送を行った。
    東日本大震災で救援物資などを輸送
  • 2014
    (平成26年)
    海外拠点500拠点を突破
  • 2015
    (平成27年)
    海外従業員20,000人を突破
  • 2017
    (平成29年)
    Tokyo C-NEXがオープン
    当社最大規模の物流拠点。都心部へのアクセスはもとより、鉄道コンテナ・空港・港などの各基地まで30分以内と、物流拠点として好適な立地にある。
    企業メッセージ「We Find the Way」を制定
    創立80周年を迎え、新たな企業メッセージを制定。お客様の思いを実現することに対するNXグループの強い意志と自信をメッセージに込めた。
  • 2018
    (平成30年)
    築地市場の移転作業を実施
    日本の台所として83年の歴史を刻んできた築地市場を豊洲市場へ移転。4.5日間で2トントラックにして約5,300台分の荷物を輸送した。
    築地市場の移転作業を実施
  • 2022
    (令和4年)
    NIPPON EXPRESS ホールディングス株式会社発足
    NXグループ新体制スタート
  • 2023
    (令和5年)
    秋葉原への移転